クレムリン
タイラーは超能力者、タルパーとしての才能を買われ、ロシアに雇われていた過去があった。
クレムリンの大統領府で⋯⋯あの男とも直接対面していた。
「タイラー君、チベット密教の秘奥義、タルパとは何かね?」
「思ったり考えたことを⋯⋯現実空間に立体映像のように浮かび上がらせることができる技です。端的に言ってしまうと、生霊みたいなものです」
「ほぉ、それは⋯⋯どんなものも可能なのかね?」
「多くの場合、人間や動物を模したものになりますが⋯⋯戦車や戦闘機のタルパを出現させて、敵の目を欺くことができます」
「なるほど、デコイ(おとり)みたいなものか⋯⋯それ以上の何かは期待できないのかね?」
「私の場合、タルパを使って物理的に攻撃することもできます」
「⋯⋯」
「そこまでできるタルパーはそうそういませんが⋯⋯私に限り、それができます。そして、私が超能力の資質のある者を鍛えることで、私と同じような能力を開花させて、発揮させることは⋯⋯ある程度、可能です」
「あそこに置いてある花瓶を、そのタルパとやらで壊してみてくれないか?」
プーチンはボールペンを持った手で⋯⋯部屋の片隅に置いてあった大きな花瓶を指し示した。
「高価そうな花瓶ですが⋯⋯本当に宜しいのですか?」
「構わん、やって見せてくれ」
直後、タイラーは自身の体から、白い湯気のような煙をゆらゆらと湧き立たせ、強いオーラの光を放つ⋯⋯
気がつくと⋯⋯
タイラーの頭上に長槍とアイギスを持ったアテナが出現していた。
部屋の片隅にいた警護官がこれに驚き、とっさに銃を抜き取ろうと身構えるも、プーチンがやめるよう手で合図を送り制止する。
一瞬の出来事であったが⋯⋯
タイラー自身は一切身動きすることなく、召喚したタルパで花瓶を破壊させて見せた。花瓶が粉々に割れると同時に、タルパはその場から消えた。
プーチンは席から立ち上がると大きな拍手をした。
「Браво(ブラボー)!」
こうして⋯⋯
タイラーはスペツナズ超能力部隊の育成に携わることになった。
多額の報酬と少佐待遇と言う厚遇と引き換えに、郷里で培ったものを惜しげもなく差し出すこととなる。
つづく